自動車メーカー各社はその莫大な資金を投入し、モータースポーツを技術的な実験場として活用してきました。そして今、私たちが安心して乗っている自動車には、サーキットで磨かれた様々な技術が結集しています。モータースポーツは自動車の発展にどのような影響を与えたのでしょうか。また、近年注目されている環境技術との関係は?華やかなマーケティングやブランディングのみにとどまらない、モータースポーツの一面をご紹介します。
自動車メーカーがしのぎを削るモータースポーツ。レースで磨かれる技術の恩恵
モータースポーツが持つもう一つの顔 人と技術を育てる、走る実験室
世界一お金のかかるスポーツと言われるF1をはじめ、年間100億円単位の資金が投入されるモータースポーツ。自動車メーカーは何故、これほどの莫大な費用をかけてまでカーレースに参入するのでしょうか。それは、カーレースには技術競争の場という一面があるためです。
カーレースはとてもハードな競技です。あちこちに難所が設けられたサーキットやコースを、200km〜300kmにわたって時速300kmで走り続けます。これはいわば東京から福島や宮城まで、アクセルを全開にしてノンストップで走るようなもの。その過酷な数時間で、マシンに搭載された技術の耐久性や安全性がチェックされ、順位という形で明らかになります。好成績を残せばメーカーの高い技術力と安全性を世界にアピールする絶好の機会となり、もちろん市販車のマーケティングにもつながるでしょう。
また、カーレースは技術と同時に人を育てる場にもなります。カーレースの開発サイクルは短く、マシンのアップデートも頻繁に行われます。市販車ならば数年単位の変更スパンが、レーシングカーでは数週間の場合もあるのだとか。また、市販車を開発する時ほど人員は多くないので、エンジニア1人ひとりがさまざまな分野について学ぶことができます。レース中も突然のマシントラブルに対処しなければならないため、実戦で対応力を磨くこともできるのです。
このように人と技術の成長に大きな影響を与えてきたカーレースですが、そこで開発された技術は、どのように市販車の進歩に貢献してきたのでしょうか。
フォーミュラ、GP、耐久レース カーレースから流用された技術とは
サーキットで生まれた技術としては、まず素材の開発が挙げられます。例えば、一部の高級車に使用されている、形成しやすく衝撃に強いカーボンファイバーは、カーレース発の素材です。他にもレーシングスーツやグローブ、ヘルメットなどには、ドライバーの安全を守るため、耐久力があって燃えにくく軽い素材が開発され使われていますが、こうした耐久性や軽量化の技術は様々な分野で役に立ちます。さらに、機器を狭い空間にどうやって効率的にレイアウトするかという課題は車内デザインにも影響を与えました。
そのほか、ディスクブレーキやパドルシフトもF1発の技術と言われていますし、バッテリーをより効果的に充電するためのシステム「ERS」や、高回転・高出力に適したDOHCエンジン、さらには耐久性に優れた燃費の良いタイヤ、油圧でホイールの高さを調節するアクティブサスペンション、ターボ技術、セミオートマ等々。カーレースは様々な分野で「走る実験室」の役割を果たしてきました。のちにABS(Antilock Braking System=急ブレーキによるタイヤロック防止機能)・ASP(Advanced Safety Package=全方向検知機能)・ESP(Electronic Stability Program=横滑り防止装置)へとつながり、滑りやすい路面でのタイヤの空回りや滑りを防止するなどの安全性を高めたトラクションコントロールもそのひとつです。
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もちろん、レーシングカーに搭載されている技術が、そのまま市販車に流用されることはまずありません。とはいえ、100分の1秒を縮めるためにしのぎを削るカーレースの技術は、自動車業界だけでなく、スマートフォン業界など他の多くの分野にも影響を与えてきたと言われています。
レーシングカーから市販車へ。カーレースで培う技術はサーキットで磨かれる
最近のモータースポーツは、環境問題を解決・緩和するための、いわゆる環境技術を磨く場にもなってきました。電動化にかかわるものとしては、「FIAフォーミュラE世界選手権」や「エクストリームE」といったレースに加え、ハイブリッド(HV)カーのレースが開催され、植物由来のバイオエタノールも使用されるようになりました。
さらに近年、モータースポーツで注目を集めているのは、二酸化炭素を燃やして走るカーボンニュートラル燃料です。もともと大気中にあった二酸化炭素を取り込んで使用するため、二酸化炭素は排出しますがCO2の排出量はプラスマイナスゼロ。使用する水素もすべて再生可能電力で調達できれば、空気と水だけで走る自動車も実現可能です。
2026年からのカーレースはますますこの新しい分野の牽引役となるかもしれません。なぜならば、F1ではレースの規定であるレギュレーションが2026年から変更され、カーボンニュートラル燃料100%で走ることが義務付けられるためです。こうした動きによって電動化率も上がるので、自動車における「環境に優しい燃料」と「電動化」という2つのハードルをクリアするための技術競争が既に始まっています。
このレギュレーション変更に伴い、撤退していたメーカーの復帰も決定しました。モータースポーツが活性化することで、今後は環境技術の開発にも弾みがつくことが考えられます。環境にやさしいクルマの量産がひとつの課題となるSociety 5.0(仮想と現実の空間が高度に癒合したシステムで経済的な発展と社会的な課題の解決が両立した社会)にも、カーレースは大きな影響を与えるかもしれませんね。
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CASEへとつながる自動車の進化 レーシングカーの開発は先を見据えて
カーレースの醍醐味は華やかさやスピードだけではありません。2022年に発表された2026年のレギュレーション変更。4年という期間は技術開発の観点からみれば決して長くはないでしょう。
モノのインターネットであるIoTを指すConnected と自動運転を意味するAutonomous、そしてシェアリングを表すShared & Serviceに電動化のElectricを加えた4つの言葉の頭文字から成るのが、進行する技術革新の舞台でもある「CASE」と呼ばれる領域です。
地球環境に直結しているとも言えるカーレースと自動車メーカー。激化する競争の中で、現代社会が抱える問題を解決するためのヒントを探り出し、未来を見据えたさらなる変化への道筋を見つけることが彼らには求められているのかもしれません。
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